不動産鑑定評価とは市場において成立するであろう価格を不動産鑑定士が市場に代替して導き出すことを言います。すなわち市場分析を行って評価対象の市場価値が最大となるような使用(最有効使用)を判定し、その使用を前提とした価格を求めます。
取引が豊富にある住宅地域内の戸建住宅の価格が知りたいみたいな依頼はほとんどありません。わざわざお金を出して鑑定評価を依頼しなくても地元の宅建業者に聞けば相場を無料で教えてくれます。例えば閉鎖的な市場で取引が少ない不動産や道路に接道していない、周辺の土地と比べて大規模もしくは極端に小さな土地等この不動産は一体いくらの価格が適切なのか分からないので専門家の意見を聞いてみようと依頼してくるケースが多いと感じます。
不動産は戸建て住宅、商業ビル、工場等色々な用途で利用されています。用途に応じてそれぞれ市場が形成されています。評価対象の最有効使用の用途に応じて市場分析を行います。
そのために対象不動産の存する地域(近隣地域)とその地域がどんな特徴があるかを分析し、地域内で標準的な不動産がどのような使い方をされているのかを判定します。(標準的使用の判定)
評価対象が標準的使用と同じであれば原則標準的使用と最有効使用は同じとなります。ただし、ここで重要なのはその使用方法が将来も持続するかどうかです。例えば駅前の商業地域は、かつて個人経営の商店街が連なり賑わっていましたが、郊外の大型SCに需要がシフトし、現在はシャッター街となっている地域が多く見られます。そのような地域で昔と同じように店舗を始めようとする人は一般的に少ないでしょう。むしろ駅前という利便性を活かして、今後は共同住宅としての需要が見込めれば、共同住宅を最有効使用と判断します。
地域分析においては過去から現在までをベースに将来どのように地域が変化していくかを予測します。そしてその予測に基づいて最有効使用を判断します。最有効使用が定まれば、最有効使用の用途の市場分析を行います。実務上はデータを収集する等市場分析と並行して地域分析、個別分析を行っています。
市場分析で以下の点を分析します。
市場参加者の属性(法人か個人か、業種や年齢など)
市場参加者の行動(取引の意思決定で何を重視するか)
重視する価格形成要因(取引価格や収益性など)
市場需給動向(評価対象の不動産と似た不動産の需給動向)
ここでは実際に当研究所が扱った案件を例に市場分析をどのように行ったのか紹介します。
実際例)
◯千葉県のとある人口減少進み、過疎化、高齢化が見られるローカル市の郊外に位置する農家住宅
◯敷地面積500㎡、建物木造2階建て120㎡、築35年、空家
◯最寄り駅まで車で約30分
◯道路幅員10m国道に面する
昭和中頃までは典型的な農家集落地域を形成。幹線道路沿いに農家住宅が立ち並び、背後に田畑が広がる。
昭和中頃に幹線道路が国道に指定される。国道に並行して新たに高速道路が開通。近くにIC出来る。
現在、旧来からの農家住宅が建ち並ぶ中で高速IC近くという立地から運送業者のトラック駐車場も点在する。
バブル期に周辺で宅地開発が盛んに行われた結果、供給過剰で管理不全の土地や空き家も多い。
高速道路は県外にまで延伸予定。将来的には交通アクセス向上が見込まれる。
周辺には旧来からの農家住宅が見られる。地域の標準的な使用は農家住宅。
評価対象は周辺と同様な農家住宅。築35年経っているが、建物は十分使用可能である。農家住宅として購入する人はいるか?
→農業従事者は減少し、かつ高齢化している。新規参入者はいない。農家住宅としての需要は見込めない。
一般の方が一般住宅として購入する可能性はどうか?
→周辺で不動産が余っている。古民家仕様であれば需要見込めるが、外見は一般の建物と変わらない。騒音でウルサイ国道沿いをわざわざ購入する動機がない。
国道に面しておりかつ高速ICに近い。トラック用地、コンビニ用地としての利用は可能か?
→500㎡だと敷地面積が小さく適さない。
具体的にこの地域でどんな用途に使われるのかイメージ出来ない。利用価値がない不動産と判断してよいのだろうか?
最有効使用が一意に定まらない場合は定まるまで調査し続けます。いくらインターネットで検索しても答えは見つかりません。調査のやり方自体はそんなに難しくなく非常にシンプルです。徹底的に地元不動産業者へヒアリングしていきます。不動産取引が少ない郊外の案件を取り扱う業者がそもそも少なく、中には担当者が不在や管理専門の業者もおり、必要な情報を得るのはなかなか容易ではありませんが、力量が問われます。
複数の業者へヒアリングすると評価対象とは別に色々と生の情報を聞けてより具体的に市場動向が分かってきます。
・基本土地が余っている。少なくとも建物付きでないと需要がない。建物の程度の良し悪しで価格が決定される。
・近くに工場がある。外国人技能実習生を雇い入れている。外国人寮としてのニーズがあるのでは。
確かに成田空港に近く、外国人割合を調べてみると県内上位にランクインしています。また当該市の製造業に関する統計データでも製造品出荷額、従業員人数が伸びています。
今回の案件はヒアリング情報を元に統計データで裏付けした結果、外国人労働者向けの社員寮として需要が見込まれることがわかりました。確かに最近郊外の一戸建てに外国の方が共同生活しているのを何度も見かける機会があります。
評価対象を外国人労働者向けの社員寮として利用するのがもっとも利用価値が高くなると判断しました。まずは地域の戸建て住宅の賃料相場を調査します。市場分析を通して評価対象クラスでは月額7万円程度と分かります。
市場参加者となる企業はなるべくコストをかけたくないでしょう。外国人労働者を雇い入れる期間が2年程度の短期間であれば当然借りた方が安くつきます。ただ最近の慢性的な労働力不足から企業は基本的に長期雇用を前提としています。社員寮を借り上げている場合、長期雇用に比例して支払う賃料総額も増額していきます。賃料総額よりも購入した方が安くつくのであれば企業は購入に動くことになります。
賃貸住宅に一旦入居すると退去までの期間平均は約4年※というデータがあります。地方郊外にある当地域の貸し戸建住宅は、退去してもまた新たに入居する可能性はありますが、現実的には極めて低いです。企業側からすると本来は長期入居を前提としているので平均入居期間内に支払う賃料総額程度であれば十分購入する動機が認められます。一方で供給側にしても新規入居者が見込めない市場需給動向の現状を受け入れざるを得ません。
このような市場分析をもとに最終的に当案件は賃料4年分総額に所要の調整を行って評価しました。
※公益財団法人日本賃貸住宅管理協会「第26回 賃貸住宅市場景況感調査」